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昭和マイルド

ビートルズのモノを
買わなかった月は
ひと月もなかったと
断言できる
――昭和40年男編集長

編集部

『昭和40年男』最新号の特集は「俺たちが集めたお宝モノ語り」。モノを扱った特集は本誌創刊当初からの人気企画なので、わたしが参加した以降も定期的に「モノ特集」をやるように上の人間から言われていたものでした。モノの数が多ければ多いほどいいという心がけのもと、わたしが全体を見るようになってからも65号の「俺たちの手が届かなかった モノ図鑑」(表紙は切手の見返り美人)、71号の「Love in MONO」という特集を組み、昨年1月の83号の「アナログで再生する俺たちの音楽」も一見音楽特集のように見えますが、実はモノとしての音楽を扱ったもので、わたしの意識的にはモノ特集でした。

で今回、久々にモノ特集をやりたいと思ったものの、だいたいやり尽くしていて、アイデアが浮かばず、かといって同じことをやるのはモチベーションも上がらず、そこで思いついたのがコレクターにフォーカスを当てた特集でした。これははまだやっていなかったはずだと思い、いろいろなコレクターをリストアップするところから作業が始まりました。とはいいつつも、冷静に考えたら本誌の回りには結構コレクター思しき人物はいて、あの人もそうだ、この人もそうだ。という感じで声をかけつつ、新規で取材オファーをしていくと言う形でラインナップが決まっていきました。ガチャコレクターのワッキー貝山さんは1年くらい前にわざわざ編集部まできていただき話をさせていただいたことがありました。

今回私が実際に取材に出かけたのは、メディコム・トイ社長の赤司さん宅、大貫憲章さん宅、なべやかんさん宅、黒沢哲哉さん宅、そして柴又のおもちゃ博物館。野村義男さんは取材のみで写真はカメラマンからお借りしたものでしたが、それぞれ膨大かつ貴重なコレクションを目の当たりにした第一印象は圧巻のひとこと。単にモノではなく、その人の哲学、人生そのものが込められている重みに感動してしまうほどでした。すべての人が言っていたのは、モノを捨てたことはない。断捨離が叫ばれ久しく、モノより思い出、身軽に生きていこうなんてご時勢のなかで、これほどまで素直に言われてしまうと、すでに断捨離モードである自分が恥ずかしくなってしまった。みうらじゅんさんも以前のインタビューで言っていたっけ。「コレクションは遺品になるのだから捨てるんじゃない」と。

そんな私は、今でもビートルズのモノだけは集めている。レコードに本にグッズ等々。出かけたら中古レコード屋や古本屋を探し、気づいたらメルカリ、ヤフオク!で物色していて、考えてみたら1980年5月に初めてビートルズのレコード(LP『ヘルプ!四人はアイドル』)を買ってから45年間、ビートルズのモノを買わなかった月はひと月もなかったと断言できる。子どもの頃集めていたミニカーやソフビやスーパーカー消しゴムなんてひとつも残っていないのに……。

ふと無造作にそれらを手に取ってみると、不思議と買った時の記憶が鮮明に思い出される。一時期はビートルズ関連のUKオリジナル盤を探しに何度も渡英し、ロンドンだけではなく地方都市まで足を延ばしたことがあった。今となってはいい思い出ではあるが、でもそれはコレクションしたいという気持ちよりも、ビートルズが好きな自分を確認するための行為と言っていいかもしれない。それは今も変わらず、ビートルズが好きだと言う証のために買っているんだと思う。

だが、果たしてこれらのモノは遺品になったあとはどうなるのだろうか。これもまたすべてのコレクター諸氏の悩みの種として取材時にあがった話題だが、たまに中古屋で大量に放出されている、出どころは単一コレクターのものと思しきレコードを見ると、急にコレクターを辞めたか、もしくは急逝されたかと想像すると明日は我が身という思いを強くする。

文:竹部吉晃