冒険・アドベンチャーに〝頑丈で耐久性のある〟ウェアは必要不可欠。そんな〝ヘビーデューティー〟なアイテムにいち早く目をつけ、アメリカから持ち込んだ二人の男に取材を決行。二人ならではの冒険談とともにその言葉の始まりを知る。
※この記事は雑誌『昭和40年男』、2021年8月号から一部を抜粋したものです。
石川:1974年に『メイドインU.S.Aカタログ』の取材のために訪れた、アメリカで見た巨大なホームセンターのチェーン店で初めてヘビーデューティーという言葉に触れた。93年にクローズしたビルダーズエンポリアムという、なんでも自分でやってしまうアメリカのお父さんのための巨大なお店。僕が行ったところはヴァンナイスにある一号店だったんだけど、おもしろくて一日中そこで取材してた。まず驚いたのが手袋で、日本だとなんでも軍手を使っていたけど、その店には草刈り用に、木を切る用、暖炉用レザーのものなど用途別に何種もそろっていて、それらの商品タグに“ヘビーデューティー”ってコピーがついていたんだ。
小林:ああ、そうでしたね。
石川: アメリカ人ってやたらと車に物をくくりつけるでしょ。そういう時に使うベルトにもかなりの種類があって、“ヘビーデューティーシンチ”と書かれていた。要は“酷使に耐えるもの”って意味。もともとはファッション用語ではなかったということ。洋服にヘビーデューティーを結びつけたのは世界で小林さんだけ。しまいにはアイビーにまでくくりつけた(笑)。
小林:まったく勝手だよね(笑)。僕がいちばん初めにこの言葉と出会ったのはもっと古い頃になるかな。高校生だった1950年頃のこと。父が亡くなって、超貧乏になって横浜の山手に引っ越してたんだけど、その近所で大和町の一貫堂という古本屋に米軍が捨てていった洋書が山のようにあってシアーズあたりのストアブランドの分厚いカタログなんかもあってね。当時は知らなかったけどアメリカってカタログ文化なので、 僕はその頃から山登りをしていたから、そのなかでも山の道具が載っているカタログに衝撃を受けた。
石川:それが出会いなんですね。
小林:アメリカ人も山を歩くんだ、って驚いた。彼らはハンティングやフィッシングの文化だから日本の山とかキャンプみたいな用途とは違うんだけど、日本でも使えそうな山登りの道具や靴とかがあって。今から思うとL.L.ビーンのカタログだったんだね。進駐軍人でもビーンのカタログを取り寄せていたわけだ。そのなかのL.L.ビーンのオリジナルアイテムのタイトルに“ヘビーデューティー”って言葉がよく使われていた。
小林:やっぱりLLビーンのアイテム。カタログを見ると24時間営業だっていうから、74年に次郎さんたちとみんなで、わざと夜中の0時目標で行ったらやってたから大歓声。朝まで取材したんだけど、仕事とは別で、それぞれ欲しい物を探した。
石川:みんな何を買ったかは内緒で、もう店に引き返せないくらいの場所で見せ合いっこするんだよね。「まさかこれ買ってないってことはないよね?」とか言い合って。何気にあの、アメリカの地の果てまで5回も行ってるんだよ!(笑)今思い返してみると結構な大冒険なんだよね。

石川次郎/いしかわじろう
昭和16年、東京都生まれ。『平凡パンチ』の編集長を経て、同志の木滑良久と共に『Made in U.S.A Catalog』、『POPEYE』、『BRUTUS』などを創刊。『トゥナイト2』のキャスターを務めお茶の間でも有名な日本を代表する編集者
小林泰彦/こばやしやすひこ
昭和10年、東京都生まれ。数々の媒体でイラストレーションを用いて報道。『ヘビーデューティーの本(ヤマケイ文庫)』や、『イラストルポの時代(文藝春秋)』などアウトドアやファッション、カルチャーの本を多数手掛けている。






