佐野元春は、今も希望の歌を歌っている。夢を持ち、理想を抱えて生きること、そして愛することの大切さを、現在も歌い続けているのだ。
気高さすら感じられるその姿勢に、心を震わされた。
「今日はアンコール公演です。みんなありがとう。今日は思いっきり楽しんでいってください」
そう語る佐野の立ち姿は、とても凛としている。彼はいつもフレッシュなたたずまいで、つねに前を向いているように見える。
今夜の東京ガーデンシアターは、昨年7月から全国を廻ってきた45周年アニバーサリーツアーの追加公演。前の週には大阪城ホール公演も成功させており、その長い旅はこの東京のライブで終わる。 そんなコンサートだけに、セットリストや演出には佐野のヒストリーが凝縮されていた。開幕時に流れた映像にはデビューからこれまでのアルバムのアートワークが順番に映し出され、その時々の彼のイメージと当時の自分の記憶を思い起こさせてくれた。また、本編でもいくつかの曲の背景にはそのリリース時の佐野の姿と、現在バッキングを務めるTHE COYOTE BANDとの近影とが、コントラストを描くように投射される。

コンサートの第1部で特徴的だったのは、昨年発表した『HAYABUSA JET Ⅰ』『HAYABUSA JET Ⅱ』の2作からの楽曲たちである。それらは佐野自身によって「再定義」、つまり新たな息吹がもたらされており、たとえば「ガラスのジェネレーション」は「つまらない大人にはなりたくない」と、「Happy Man」は「吠える」となって、新たな意匠をまとっている。記憶の中のそうした曲と新しいイメージが交差する。
対して第2部は、深沼元昭(ギター/Plagues)を筆頭とするTHE COYOTE BANDと作り上げたここ20年ほどのナンバーがメイン。そこで印象深かったのは、以下のMCだった。
「こうしてみなさんを見ていると、僕のファンもだいぶ年齢層が広がってきました。今日この会場には何人かキッズたちも来てくれています。これからの子供たちが戦争に巻き込まれないように、この曲を世界のキッズたちに歌いたいと思います」
そう言って歌われたのは、「愛が分母」。2019年にシングルリリースされたこの曲はポジティブな空気感があふれるスカ調で、歌詞では愛情の大切さが歌われている(2022年のアルバム『ENTERTAINMENT!』に収録)。先ほどの言葉を受ければ、僕も開演前の会場内でうんと若い子たちを何人か見かけていた。初期から若者たちの繊細な感情を綴ってきた佐野は、今も若い世代への思いを持ち続けているのだ。 とはいえ、人間や社会の移ろい、その時々の事象をさまざまな角度から見つめ、それを切り取りながら表現してきたのも佐野元春というアーティストの魅力であり、パワーだ。もちろんそこでは、一筋縄ではいかない感情や価値観も数多く横たわっている。たとえば愛の複雑さを感じながら、それでも信じることを歌い、曲名に「人生は美しい」という意味を掲げた「La Vita è Bella」(2013年の『ZOOEY』収録曲)。一方で、「大人のくせに」(2022年の『今、何処』収録曲)ではシニカルな視点も見え隠れし、そこに佐野独特の批評性も感じるものの、それでも彼は前に進んでいくことを歌っている。
「僕はちょうど46年前の今日、<アンジェリーナ>という曲でデビューしました。80年代の思い出はいろいろとありますけれども、思い出深いのは何と言ってもアルバム『サムデイ』ですね。次に歌いたい曲……今はこの曲を書いて、ほんとに良かったなと思ってます。良かったら、一緒に歌ってください」
終盤、そう言ってパフォーマンスされた「サムデイ」のウォール・オブ・サウンドと、その厚みからあふれ出る叙情性は、本当に素晴らしかった。<いつの日か>という希望を歌ったこの曲は、シングル盤のリリースからもうすぐ45年が経つ現在でも輝きを放ち続けている。
さらに連なるように歌われた「明日の誓い」(『今、何処』収録)もまた明日への、未来への思いを託すロックナンバーだ。すでに大人の年齢の佐野が、今なお希望を歌っていることを痛感する。
「45周年ということで、振り返ってみると、いろんなことがありましたけれども。全体的には楽しくやってきました。ここまでやってこれたのは、みなさんの応援のおかげです。ありがとう」
「最後になりますけども、そんなみんなに感謝を込めて、この曲を歌います」
本編のラストの曲「約束の橋」は、過去を肯定し、やはり未来へと思いを向ける歌だ。佐野元春は、ずっと一貫している。 アンコールは、「スターダスト・キッズ」「悲しきRADIO」、そしてMCで触れられたデビュー曲「アンジェリーナ」と、ロックンロール3連打。すべてを歌い終えると、佐野は客席に向かってこう言った。
「僕はこの国に生まれて、この人生を自由に感じて、自由に思い、自由に表現してきました。でも今は、それは当たり前のことではなく、とても幸運だったのではないのかなと思ってます。今、世界中のあちこちで、自由とは何か、デモクラシーとは何か、いろいろな意見が飛び交っています。今この時も、世界で起こっていることを思えば、とても悲しい現実があります。でも考えすぎて臆病になってしまうのもいけません。オーディエンスのみなさんが今夜ここでこうして一緒にいてくれることが、僕にとってはとても心強いです」
「これからもミュージシャンとして、勇気を持って、今まで通り、楽しく、最前線でやっていきたいと思います」
なお、この夜はTHE HEARTLANDのメンバーだった古田たかし、それにTHE HOBO KING BANDの井上富雄と長田進という、かつてバックを務めたミュージシャンたちが客席に来ていることが佐野の口から明かされ、オーディエンスは拍手を送った。さらに同夜、桑田佳祐は自身のFM番組の生放送でこのコンサートに行ったことを報告し、佐野を称賛。「これからも佐野くんから目が離せません」とコメントしたことを付記しておく。桑田と佐野は「時代遅れのRock’n’Roll Band」の制作でも関わった仲である。それからも、もう4年……。
思えば、佐野元春は、佐野元春であることを裏切ったことなど、一度もなかった。いつの時代でも、どんなライブでも、また、誰もがどんなメディアを通して見る瞬間でも、だ。それは僕自身が何度か取材で対面した時でも、そうだった。
狂騒の時代でも、世の中が混沌とした情勢でも、先がまるで見えない時でも、彼はつねに希望と理想を胸に持ち、夢と愛情を持つことを歌い、音楽にそのポジティブさを昇華させてきた。時には社会や世間をシリアスに見つめ、それに対する批評や警告を行ったこともある。
しかし思うのだが……今のMCにあったように、どんなに深刻な状況でも、悲しい時だとしても、佐野はなるたけポジティブに、前向きに思考し、行動してきたようにも思う。それもまたこのアーティストの姿勢だと思うし、また、人生を生きていく上での、ひとつのヒントになりそうだとも感じる。 佐野元春は、これからも佐野元春であり続けてほしい。そう強く思った、最高の夜だった。







