5

昭和マイルド

布袋寅泰さんに
縛りのないギターを
作りたいと言った
――松崎 淳

昭和40年男が残したもの

布袋寅泰、織田哲郎、ラルク・アン・シエル、ウルフルズ、TUBE、GLAYらが信頼を寄せる男。裏で彼らを支える、日本が誇るギター職人の生い立ちを知る。

※この記事は雑誌『昭和40年男』2021年10月号に掲載したものです。

 迷路のようなグラフィックが描かれた布袋寅泰のギターというと、多くの人が頭に浮かべることができるはず。知る人ぞ知るメイドインジャパンブランド、松崎 淳さんが手がける「ゾディアックワークス」のものだ。


「居酒屋で会話を交わした人に『仕事は何をされているんですか?』って聞かれて『エレキギターを作っています』と言うと、『はぁ?』ってなるんですよ(笑)」

 ギターメーカーと聞いてピンとこないのも無理はない。最近でこそ少し増えてはいるが、松崎さんがクラフトに興味をもち出した頃は専門学校もなければ、工房なんてものもないに等しいくらいだったのだから。

「ゾディアックワークスを始めて来年で30年ですが、10年ほど前に“メイドインジャパンのギターを世界に”という名目のもとGENという団体を立ち上げたんです。それも3人しかいませんでした。今は25社集まっているけど、ニッチであることに変わりはない。こんな話をすると志高くやってきたって思うかもしれませんが、若い頃は何も考えていませんでした」

言わずと知れた布袋寅泰のモデル「TE-HT」。ペイントも本人のデザインで、自ら「自分の分身」と公言する名機 。一般販売用においても素材の妥協は一切ない

 子供の頃から音楽漬けではあった松崎さんだが、1992年のブランド設立に至るまでを知るべく、幼少期の話をうかがった。

「明確に音楽に興味をもったのは小学校6年生。NHKの『ヤング・ミュージック・ショー』に出てきたキッスを観てエレキギターをやりたい! って思ったんです。母親にギターをねだったけど、『エレキは不良になるからダメ』って買い与えられたのはフォークギター。中学でブラスバンド部に入って、その頃にTOTOやボズ・スキャッグスなんかが出てきていたから、トランペットやキーボードも積極的にやるようになった。バンド活動にも精が出始めて、高校生になるとフュージョンバンドと、ロックバンドを掛け持ち。当時横浜の住まいの近くに6時間使うと半額になるスタジオがあったから、いつもそこにこもっていました」

 高校卒業後、後にすぐTUBEがデビューすることになる音楽制作会社のビーイングの仕事に就く(ちなみに松崎さんとTUBEのメンバーはアマチュア時代のバンド仲間)。

「バンドのローディー(楽器運搬・調整)的なことをやっているうちに、会社から『正式に製作側にこないか?』と雇用の誘いをもらい、あまりにも忙しそうだったから『嫌です』って断ったんです(笑)。その時お世話になっていた音響機器メーカーに『辞めます』って挨拶に行ったら、フェルナンデスから『ギターのリペアマンが一人抜けるから、明日から来て』と誘われてあっさり就職。何度も言いますが、志は低かったんです(笑)」

 フェルナンデスの新製品開発部署に配属した松崎さんは、着々とギター作りのノウハウを学んでいったと思うがそうではない。会社では外注でギターを作っていたから、自分で作った方が早いかもと独学で自ら手がけるようになったのだという。その反面で縛りのあるギターづくりに嫌気がさすようになり、7年で独立を決意。長くお世話になった布袋寅泰のもとへ出向き、会社を辞めることを告げると思いもよらない展開に。

「布袋さんに『辞めてどうするんだ?』って聞かれたので、『縛りのないギターを作りたい』って言ったら、『それなら俺は松崎のギターを使うよ』って言ってもらった」

一本つくるのに半年くらいを要するだけに、オーダーは 2 年待ち。「 〝こういう音が欲しい〟というお客さんの要望を重ねていくから仕方ないんです」と松崎さん

こだわりの国産ギターのパイオニア的存在

 コストも質も下げず、プロのアーティストが使っているものと同じクオリティのものを一般でも販売するべくゾディアックワークスが誕生。今では注文して2年待ちが当たり前になるまでになり、こだわりの国産ギターにおけるパイオニア的存在となった。

「ライブ中に弦が切れたらどうしようとか、30年やっていてもずっと緊張していますね。武道館で1万人を熱狂させているのは俺じゃないけど、1万人を感動させているギターは俺が作ったもの。この感動は俺にしか味わえないものかもしれませんね」

 実は松崎さんの父親は、大阪でMr.アイビーこと石津謙介と共にVANを始めた偉人。イタリアなどで生地を買い付けする裏方で、叔母さんが縫っていたんだとか。血筋というとこじつけかもしれないが、松崎家が代々スーパースターを陰で支える役目を担ってきたことは揺るがない事実だ。

東京都目黒区の池尻大橋駅近くにある工房。寝るところもすべて一緒の、マンションの小さな一室からひとりでスタートした

松崎 淳/まつざきあつし
昭和40年生まれ。1984年にレーベルの専属ローディーを経て、翌年に楽器メーカー「フェルナンデス」に入社。ギター製作のさまざまを見つつ、独学でイチからギターを作るように。7年の勤務を経て、92年に独立し「ゾディアックワークス」を設立。日本で作られたギターの普及活動に務めるGEN(楽器エンジンオブニッポン)の創始者のひとり。

取材・文:トロピカル松村
撮影:深水敬介