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昭和マイルド

名称はサンバルギーニ・
コカウンタックと言います
――福田博之

昭和40年男が残したもの

映画『蘇える金狼』の赤いカウンタックか、『キャノンボールⅡ』の白いカウンタックか。少年時代の憧れを夢で終わらせなかった町工場の男を訪ねた。

当時多くの若者が、“いつかは”と夢に見たキングオブスーパーカー、ランボルギーニ・カウンタックを、大人になって、ある特殊なカタチで手に入れた人物が群馬県前橋市にいる。地域に根づき自動車整備を請ける福田モータースの代表・福田博之さんは黄色いカウンタックを所有。失礼ながら片田舎の車工場で働く男がどのようにしてランボルギーニのオーナーになりえたのだろうか。

「名称はサンバルギーニ・コカウンタックと言います」と福田さん。巷ではすでに有名なこの黄色いランボルギーニの最大の特徴は、車体が他よりもとびきり小さいことにある。

「これを見にカウンタックが6台も揃ってやってきたんです。でっかいですね~“ホンモノ”は!(笑)自分の車が先頭になって、走ったんですが夢のようでした。『カウンタック・ミーティング』に呼ばれて山形にもいった。錚々たるカウンタックのなかでこいつがいちばんいい位置に置かれているんです。『ドバイに持っていくから売ってくれ』って外国の人に言われたりもした」

まわりくどくなったが、福田さんは働く軽自動車スバルのサンバーをベースに、自作でカウンタックを作ってしまったのだ。ちなみに写真に写るマッハ号も福田さんが手掛けたもの。双方はきちんと車検を受け、公道を走ることができるから、模型と捉えた人がいるなら真のスーパーカーであることを伝えておきたい。

工場にあったサンバーで
作り始めたカウンタック

「小学5年生の時、叔父さんに前橋で開かれていたスーパーカーショーに連れて行ってもらったんです。フェラーリ512BBなんかもありましたが、やはりカウンタックは別格でした。いつかは本物をと思った」

農機具などを修理する「福田モータース」の跡取り息子として生まれた福田さん。スーパーカーのカードを壁に飾ったりはしていたというが、当然夢は夢で終わるものとして子供ながらに自覚していたという。大人になった1998年、ラスベガスで行われていたSEMAショーという自動車部品のショーを観に行った時に突如覚醒。自由にクルマを作っているアメリカ人を見て、『これでいいんだ!』と自分に言い聞かせ、夢だったカウンタックを自分で作ればいいんだと閃いたのだ。

「当時乗っていたラルゴという日産のバンのボディに、エアブラシでカウンタックを描いてみたんです。それを見ていけそうだなと思った。せっかくなら軽で作った方がコンパクトでかわいいし、維持費も安いかもと、工場にあったサンバーで作り始めました。カウンタックLP500をベースにブラーゴの1/18モデルを参考にして製作。13倍するとちょうどホイールベースが合うんですよね。ただ低くなりすぎるから高さを10cmほど上げたりしたけど、ほぼ忠実です。リアエンジンなのもカウンタックらしく功を奏し、足回り、フレームなどもサンバー。型をおこさずに作っちゃったのが大変でしたが」
日常業務をこなしながら3年3ヶ月を費やし2002年に大方完成。車検を取得したのはそれからさらに先の18年のことになる。

「いつかはナンバーがとれると思っていたけど、想像以上に大変でした。10年くらい前に一度車検場に行って門前払いされた経験があったので、半分諦めていたんです。でも4年前に再度挑戦すると、すごく素敵な人に当たって、ここをこうしたらいいとかをていねいに教えていってくれて、トライアル&エラーを繰り返しながら取得することができました」

コカウンタックの所有を機に、福田さんは少年時代に憧れていた車の製作に拍車がかかる。02年から、『マッハGo Go Go』でお馴染みのマッハ号を開発。こちらも車検取得までに15年もの時間を要した。
「最初は同じくサンバーのフレームで作っていったのですが、あまりに大変なので、ボディを被せる仕様にしようとユーノス・ロードスターを用いて製作。少しずつ要領がよくなってきました(笑)。タツノコプロの社長さんがウチまで来てくれて一緒にドライブもしたんですよ」

タツノコプロに交渉を重ねてオフィシャルから公道を走る許可をもらったというからすごい。また現在はマジンガーZのホバーパイルダーを、シニアカーを使って製作中とのこと。これが道を走るようになる姿もぜひとも拝見したいものだ。

「おじいちゃんが乗ってきてコンビニに現れたらそれだけでかっこいいじゃないですか~」と福田さん。そんな人を見かけたら思わず「パイルダーオン!」と声をかけたくなるだろう(笑)。幼少期から自転車や時計をバラして親に叱られ、モデルガンや農機具も分解。高校は自動車科に入り自動車研究部に。福田さんは根っからのメカニズム好きでクルマ好きなのだ。

「親から『組み立てられないなら分解するなよ!』って怒られていた頃とは違う。やれば完成できるんだという喜びを知りました」と嬉しそうに話す福田さん。温かく見守る奥さまが「電化製品もほとんど直しちゃうから新しいものがいつまで経っても買えないんですよね」と隣で苦笑い。

何はともあれ、これらの車が実際に公道を走れるようになるという事実を知ると、アメリカとは違い堅苦しい部分もあるこの日本のルール社会においても強い希望がもてる。「こういうのがしたくてこの道に入ったのかなと。これを作って会社の業績があがったとかは一切ないんですけどね…(笑)。次の構想?もちろんありますよ!でも、何かという質問だけは勘弁してください(笑)」。

その価値は本物に負けず
劣らずのスーパーカー!

“サンバルギーニ”と“コカウンタック”のエンブレムもこだわり。最初は赤で作ったが、黄色のほうがしっくりきたそう。エンジン音もなかなかの迫力
子供が嬉しそうに寄ってくる“ホンモノ”同様の緻密な角度で開くガルウイング。しかし、車内に入るのは一苦労。ぎっくり腰になりかねないほどだ
ひとり乗るのもやっと。開閉も絶妙なヘッドライトはスバルのヴィヴィオのものを使用
「一度やってみたかったんです」と福田さん力作の車内。ステアリングコラムはスズキのエブリィのものを使った。シートの縫い付けなども圧巻
取材・文:トロ松
撮影:深水敬介