音楽を聴いて洋服ばっかり買ってた。そんな人生。ファッションと言っても洋服だけに留まらずギターも当時のアーティストが持っていたものが好きで、音よりも形や色で選んでしまう。そんな僕が集めたアイテムの紹介なんかをしつつ、実際に体験したアメリカやロンドンのこと、音楽そしてもちろんファッションのことなんかを書いて行きたいと思っています。
(1952年東京生まれの匿名著者・元祖TOKYO BOY氏が2006年から2025年にかけて書き綴った人気ブログ「元祖TOKYO BOYカタログ」のアーカイヴを昭和マイルドで再掲載していきます)

1960年代、渋谷道玄坂の途中を脇道に逸れると不思議な空間があった。路地の奥、さらに入り組んだところに小さい空き地みたいな場所があり、その入り口に市場みたいな店が3軒ほど軒を連ねていた。その中の1軒がさかえやだった。
店の主人は70歳前後。お洒落とか無縁に見えた。今もって不思議なのだが、ここにはどこから仕入れていたのか信じられないようなアイテムが揃っていた。放出品の軍ものやオヤジが着ていたような古着のスーツ。その中に混じって新品のコンバースやケッズのスニーカー、リーバイスのストレッチ・ホワイト・ジーンズなんかが雑然と置かれていた。コンバースもケッズもレザーものとキャンバスものを取り揃えていた。そしてDEE-CEEのシャンブレー・シャツ、たぶんラコステのアイゾットなんかもあったはずだ。
僕もまだそんなに知識のない頃。でもコンバースのキャンバス・シューズはあきらかに日本のメンズ・ブランドやシューズ・メーカーが生産していたそれとは違っていた。もの凄く洗練されてシンプルに見えた。僕には高値の花だった。
キャンバス地のものが6800円、レザーが9800円。もちろんチャック・テイラーのもの。この金額は当時の貨幣価値からして異常だった。当然僕が買えるわけもなくただただ眺めていた。そしてその店にはコンバースとそっくりの韓国製ボブ・ウルフ(BOBWOLF)ってスニーカーが980円で売られていた。僕はそれを買ったのだ。凄く良くコピーしてあった。
しかし、あのさかえやの老人はあの時代にあれだけのアイテムをどこから、そして何故仕入れていたのだろう。すべては忘却の彼方である。もしどなたかさかえやのことを知っている方がいたら教えてください。

(2006年5月記)






