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昭和マイルド

詩人なんてドラクエでしか
知らなかった
――黒川隆介

ビバ・ヤング

昨年夏に詩集『生まれ変わるのが死んでからでは遅すぎる』を刊行。その帯で芥川賞作家・又吉直樹から「生き方がそのまま詩になっている」と評された黒川隆介。飲んで、放浪し、食材や衣類はいただきもの。――“最後の無頼派”ここにあり。

――勝手ながら、若き詩人の中で黒川さんにはかなり昭和のイメージを持っています。

黒川:確かに、周りから“無頼派の生き残り”と言われたことがあります。そういうふうに見えてるんだ、単に珍しいんだろなって思いますよ。

――無頼(ぶらい)派とは?

黒川:無頼派というと、戦後の太宰 治や坂口安吾、織田作之助らが挙げられますが、調べると“徒党を組んだりということもなく、既成文学全般に対しての反骨や創作と生き方を通して人間の本質に迫ろうとした作家たち”といったことが出てきますね。なかなか定義できないのが無頼派だと思いますが。自分も今の時代に、酒を飲んでは各地をふらふらしながら詩を書いてるので、そこに重ねているのかなと。僕は昭和63年生まれなんですが、同級生には平成元年もいる。 “最後の昭和”であり、“最初の平成”でもある。

――そもそもなぜ詩を書くようになったんですか?

黒川:学生時代に“定型を持たないもの”に惹かれたんですよね。季語や文字数の型があるものではなくて。それが高校1年くらい。その頃に世に出てきたSNSやブログがきっかけでした。日記のようなものを書いていたら、知らない人から「良い詩ですね」とコメントがついた。そこで初めて“これって詩なんだ”って。それで書くようになったんですけど、ギターを続けてギタリストになる、みたいな野望はない。なぜなら詩が仕事になっている人を知らないから。だから仕事になるとか、詩人になりたいとかはなく、ただ書き続けていました。

最新詩集『生まれ変わるのが死んでからでは遅すぎる』(実業之日本社)。¥2600

――とくに昭和の詩人を意識したとかはなく?

黒川:昭和的な詩人像みたいなものを意識したことはなかったかな。意識というところでいうと、落伍しかけている自分という存在を誰かに見つけてほしいという気持ちがあったかもしれません。だから若い頃から飲み屋に顔を出していたのかも。飲み屋の先輩方にご馳走してもらうストレートをちびちび飲んでは酔っ払う、といった日々を過ごして、気がついたらこうなってました。でも結構昭和の詩人が好きではあったんですよ。ジャック・ケルアックやアレン・ギンズバーグ、ブコウスキーの本を学生時代ポケットに入れていた。日本人なら田村隆一。酒を飲んで放浪している感じに勝手に“近さ”を覚えたりしていました。

――憧れではなく“近い”と感じているのが面白い。本当にお酒が身近にある人なんだなと。

黒川:飲み始めたら8〜10時間くらい飲んでしまう節がありますね。はしご酒するので。ひとつの街で何軒も回ると、1日で6カ国くらい旅した気分になるんですよ。酒場で出会った人の会話や仕草とか、それぞれにムードがある。それに自分自身もお酒を入れると変化する。体温も心拍数も、自分の中にグラデ―ションが出てくることにまた発見がある。

――詩に昭和感を感じていた理由は、黒川さんのその日常も要因にあるかもしれませんね。

黒川:行っているお店が若い人が集まるヒップなお店じゃないから、どうしても詩が昭和的な要素を含むのかも。60、70代が集まる飲み場にいることが多いからかな。別に、大衆居酒屋をウリにしたレトロ風飲み屋みたいなものが嫌いってわけじゃないんですよ。そこはまた別の国であり、前述した店のあとに行ったりすれば違う世界が広がっていたりするので。いろんな国のパスポートを持つのが大事だとは思っていますから。ただ自分の好みの店はだいたい音でわかる。店の前に立ったときにもれてくる“音”。BGMがない店が多いんです、僕の思う“昭和な店”は。その代わり空気の音がいい。そしてそういう店はとにかく酒が“固い”。後頭部を殴られているみたいな酒が出てくる。

――しかし前述にもありましたが、詩で生きていく、というのはとても難しそうですね。

黒川:文芸誌への寄稿だけだとまとまったお金になりにくいのが現実だと思います。自分は詩の依頼や朗読ライブで全国あちこちに行ってるから、各地で出会った人が食材を送ってきてくれたりして、おかげさまで食べるものにも困らなさそうです(笑)。 広告やブランドブック、近年は曲に詩を書かせてもらうこともあるので、媒体に垣根なく詩作できていることが大きいですね。そうして得たお金を「交通費程度しか出ないけど来てもらえないか」と相談がくるような小中学校や少年院での朗読や講演の出張費用にあてています。いつも自分が詩に集中できる環境がある。それは詩人として大きなものだと思っています。

――書くために飲んでいるわけではない?

黒川:詩人って“人”ですよね。音楽家や建築家は“家”だけど、詩人は“人”。ずっと詩のことばかり考えていると人間じゃなくなる感覚があるんですよ。だから飲み屋に行く。でも昭和の詩人でいうと、中島らも、野坂昭如も諸事情があったようであるときお酒をやめたんですよね。飲み切ったのかな。自分もそうなる可能性がある。飲み切るのが先か、死ぬのが先か。恐ろしいレースに出場していますね(笑)。

――どちらになっても詩的ではあります(笑)それはそうと、改めまして今回は『昭和40年男』のWeb、『昭和マイルド』に詩を提供してくださりありがとうございました。

黒川:顔の知っている人の依頼はよほどじゃない限り断りませんよ。

――寄稿いただいた詩はトップページに載せさせていただいております。「残したもの遺されたもの 残りそうにないもの それらの角を少しでも柔らかにして ほんらい通るはずのなかった直径のトンネルを抜けられるようにしてみたら」 せっかくなので読者に少し説明していただけると幸いです。

黒川:昭和40年男の編集者たちがやってることって、わかりやすいことやブームなものを残す作業ではなく、誰かが目を向けないと消えて行ってしまうものを残す役目のように思うんです。未来なのか、後世なのか、十年後なのかわからないけど、誰かに届くそのときに向けて編集している。ただそれを人に伝えるのはとても難しい。だから柔らかくしたり、角をとったり、つまり『マイルド』にして、穴を通せるようにして届けている。そんなふうに思ったんです。

――そんなふうに言ってもらえてうれしいです。いただいた詩を大切に今後も精進します。この度はありがとうございました。

ウェブサイトトップページに黒川さんのこの詩があります。ぜひ見てみてください。


黒川隆介/くろかわりゅうすけ
昭和63年神奈川生まれ。詩集製作や朗読会、コピーライト、tvk『イイコト!』レギュラーMCなど多岐に渡り活動。

撮影・文:トロピカル松村