5

昭和マイルド

序説:加藤茶の評価が足らなすぎる!
――広川峯啓

今こそ加藤茶の正当な評価を!お笑いエンタメライター広川峯啓渾身の新連載「シン・加藤茶論」スタート!

還暦をひょいと駆け抜け、気づけば60も半ば。人生の終活を考え始めなければと思っているわたしが、長年にわたって心に引っ掛かっていることがある。それは加藤茶のことだ。言わずと知れたザ・ドリフターズの主要メンバー。一時代を築き、今もなお現役で活動を続けているレジェンドであることは、重々承知している。なにせわたしは物心がつき始めた頃からドリフターズが身近にいた世代なのだから。そんなわたしが強く思うのは、加藤茶の評価がまったくもって足らなすぎる! ということである。ひょっとして世間は、加トちゃんの本当の偉大さに気付かないまま、時を重ねていこうとしているのではないか。

これまでわたしは世間にあらがう心積もりなど、さらさら持ち合わせていなかった。親にも教師にも反抗したことは一度もない。しかし、このことは話が別だ。加藤茶という唯一無二の存在が、「過小評価」されたまま世間に定着してしまうことが心苦しくてならないのだ。今回この枠を頂いたことを絶好の機会と捉えて、日本全国の皆々に知らしめたい。加藤茶こそが、日本のお笑いトレンドを現在の流れへと導き出し、彼の存在がなければ今のお笑い界は有り得なかったということを。

昭和を代表するお笑いグループ、ザ・ドリフターズのことを語る際、「志村けんこそがドリフの主軸だった」と、評価されているのが現状ではないだろうか。誰もが口にしないまでも、日本人の多くがそのような認識であるに違いない。数多くのタイプが出回っている『8時だョ!全員集合』のDVDにしても、放送開始は1969年にもかかわらず、74年に志村加入から数年後(さすがにすぐ人気にはなってない)より以降のコントばかりが収録されている。映像の保存状況なども考慮されるとはいえ、これも「ドリフ=志村」という固定観念を強める結果となってしまっている。

では、なぜこうした「過小評価」が生まれてしまったのだろうか。そこに大きな力は働いたのか。正直な所、そこにあったのは加藤茶自身による過剰な「謙譲の美徳」だったように思える。失敗談や苦労話、爆笑エピソードについては、ノリノリでトークするものの、自身の功績や数々のギャグ発生秘話などについて聞かれても、照れ臭いのか的確な回答が返ってこない。これは、志村加入以前の『全員集合』において、加藤茶が見せつけた縦横無視の暴れっぷりを目に焼き付けている我々世代にとっては、悔しくてならなかったりするのだ。一例を挙げると、ドリフのコントでお馴染みの「怪談シリーズ」で客席から掛けられる「しむら〜、うしろ〜」のコール。あれは「かとう〜、うしろ〜」が元になっている。そんなことも今ではご存じない人が大部分になってしまった。

この連載では、残された資料を駆使して、昭和の時代の加藤茶が見せたキレの良さ、無尽蔵のアイデア。また子どもの頃は感じることができず、振り返ってみてヒシヒシと伝わってくる凄味などを語りかけることができたらと考えている。どれだけの規模になるのか、現時点では目処がついていない。だが、ゆくゆくはご本人から詳細を語っていただきたいという、密かな「野望」も胸に秘めている。ともかく、従来像から大きくかけ離れた「シン・加藤茶」の全貌を描き、冒頭で述べたように「日本のお笑い界を現在の流れへと導き出した」第一人者であることをお伝えしていきたい。

本タイトルは、新たな加藤茶を論じるという意味に加えて、それぞれの記憶の中にある若き日の加トちゃんの思い出を寄せ合い、愉しみを深める「茶論(サロン)」としての場になりたいというダブルミーニングである。我々と同世代の方には、映像に残されていない加藤茶の勇姿を、またそれ以降の世代の方には、志村けんの良きパートナーだった加藤茶が時折見せた不世出のコメディアンとしての輝きなどを教えていただけると、ありがたい。最後に自分への叱咤激励を込めて締めくくると「グズグズしてる暇はない。人生の後半戦行ってみよ〜」ってトコです。

文:広川峯啓
イラスト:Waco