アーカイヴァー鈴木啓之の連載『エフェメラランドー紙のみぞ知る―』がスタート。屈指のコレクターである氏が人生をかけて集めた膨大なコレクションの中から紙モノを開陳。デジタルの時代にあえて紙の力、その魅力を伝えていきます。

ふと「世代」の話になることがある。Z世代、氷河期世代、バブル世代、団塊の世代…。昭和40年生まれの自分は一応バブル世代に属するらしいのだけれども、実際にバブルの恩恵はほとんど被っていないから、自称はしづらいところ。
以前は「何世代なんですか?」と問われたら冗談交じりに「インベーダー世代」とか答えていたが、自分にはもっとしっくりする答えがあった。それが「角川映画世代」である。
邦画界に大胆に斬り込んだ角川映画の第1作は、1976年秋に公開された『犬神家の一族』だった。この時はまだ小学6年生で惜しくも映画館へ行くには至らなかった。翌年の第2作『人間の証明』を経て、目覚めたのは第3作となった1978年の『野性の証明』である。厳密に言えばその前のドキュメンタリー映画『野性号の航海 翔べ怪鳥モアのように』が本当の第3作にあたるのだが…。
『野性の証明』がなぜ気になったのか、それはもちろん同学年の薬師丸ひろ子のデビュー作だったからだ。初めて存在を知ったのは愛読していた少年チャンピオンに載っていた小さな記事。まだ本名の「薬師丸博子」で紹介されていた。
映画のオーディションに合格した彼女の動向を追うために、角川書店のエンタメ月刊誌「バラエティ」を買い始める。角川映画フォロワーにとって同誌は情報の宝庫であった。中学2年の初夏、春にキャンディーズが解散してポッカリ抜けた心の穴を埋めてくれたのはこれから映画界に羽ばたいていこうとしていた同い年の少女だった。
そこで当然原作となる森村誠一の小説も書店へ探しにいく。単行本は高いのでパスしてやはり文庫本で。最初はイラストの表紙カバーに「角川映画化」の帯がかかっていたが、やがてそれが映画の写真をあしらったカバーに替わり、帯にも映画のスチールや公開日が入ったりするようになる。
表紙が薬師丸になったら同じ本でもまた買わなければならないのだ。2種類出されたチラシも映画館でしっかり押さえた。キャンディーズに続く推し活(当時はまだそんな言葉はなかったが)にすっかりはまってしまった。
原作の文庫本には映画の割引券を兼ねたしおりと刊行案内が載った二つ折りのチラシが挟まれていた。そこでふと気づかされる。これまでにも同じものはあっただろうと。そう思いたってからわりとすぐに映画化の帯が付き、しおりとチラシが挟まれた「犬神家の一族」と「人間の証明」の文庫本を入手することが出来た。
これはもう今後も集めていくしかない。ちょうど映画のチラシを集めたり、絶版漫画を探しに神保町の古本街へ通うようになっていた頃。角川映画と薬師丸ひろ子はもともと収集癖があった自分が進むべき道をはっきりと示してくれた。終わりなきエフェメラ採集の旅はいつの間にか始まっていたのだった。










